いかん、遅れる!
何度目かの目覚まし時計の音で飛び起きて、下宿先から大学のサークル部室まで徒歩20
分の距離を、大急ぎで走りまくってた時。
四つ角で自転車と、出会い頭にぶつかった。
自転車も転んだが、自分も派手にすっころんで右手を路面に打ちつけた。
だがその時は、いててててて、と声をあげた程度で、さしたる怪我をしたようには思えな
かった。自転車の人もすぐ起き上がったし、何より急いでいたのでいちいちことを荒立て
たくはなかった。お互いに軽く謝っただけで、向こうもこっちもまた走り出した。
大学の映研で、自分は助監督兼カメラ担当。時間に厳しい監督である先輩の手前、絶対に
遅刻はしたくなかったのだ。というより、自分がいないと今日の撮影が始まらない。
そうして集合時刻ぎりぎりに部室について、いざ撮影を始めようという時、治まっていた
筈の右手の痛みが、急に激しく復活した。その場で、思わずうずくまってしまうほど。
事情を聞いた先輩が云った。今すぐ医者に見せてこい、と。
いやいや、ちょっと打っただけで、医者なんて大げさですよ。
そう言って撮影を優先しようとする自分を、先輩は半ば無理矢理、とりあえず近所にあっ
た接骨院へとひっぱっていった。ひっぱっていかないと、自ら行こうとはしないと判断し
たらしい。
たしかに、事態をなめていた。手の甲の骨が、折れていたのだ。
信じられなかった。軽く路面に打ちつけただけで、骨を折るなんて。
要は、自分が思ってるほど「軽く」はなかったんだよ、と、接骨院から病院へと行き直す
道すがら、先輩が云った。
押しつけがましいほど親切すぎるこの先輩にも、似たような経験がかつてあったという。
骨は、自分が思っている以上に折れやすいのだと、先輩は語った。
こうして。しばらくは利き腕をギプスで固定され、不便きわまりない学生生活を送る羽目
になったのだった。講義を聴いてるだけなら何の支障もないのだが、映研でカメラを操れ
ないのは痛かった。
折れた手の甲より、痛かったかもしれない。好きなことができない辛さのほうが。