接骨院と整骨院

時々、急に右の肩甲骨がきゅーんと痛むことがあります。
胸がきゅーんなら恋かしら、と思うところですが、肩甲骨では何のロマンもありません。
たぶん、いつも鞄を右肩に提げていて、無意識に右肩だけ上げ気味で歩いているからなん
でしょうね。
骨がゆがんでいるのかなあ、治しにいかなきゃなあ、とは思うものの、日々の忙しさに取
り紛れて、なかなか整骨院とか整体マッサージとか、そういうところの扉を叩く機会もな
いまま過ごしています。
まあ、そういう場所には一度も行ったことがないから、どうも何となく気後れする、って
こともありますけどね。何しろ接骨院と整骨院の違いもよく判ってないくらいなんだか
ら。
そりゃ字面を見れば全然ちがうんだろうなってことだけは見当つきますが、それぞれの具
体的なイメージは浮かべにくいんです。
わたしが今行くべきなのは、接骨院よりは整骨院なのでしょうね。折れた骨をもとに戻す
わけではなく、単に矯正したいだけなのだから。
……と思って調べてみたら、じつは接骨院も整骨院も殆ど同じ、ということが判りまし
た。
お恥ずかしい話、「接骨」とか「ほねつぎ」って、その字面から言っててっきり、折れた
骨を外科的手術でもってつなぎ直す、みたいな意味だと思ってました。違うんですね。と
いうかむしろ、接骨院では外科と違ってギプスとか薬とかも出せないんですってね。
つまりわたしが区別ついてなかったのは、接骨院と整骨院、というより、接骨院と整形外
科だったんだ。知らなかったなあ。みんな普通に知ってることなのかしら。
ともあれ、じゃあわたしは、接骨院でも整骨院でも、どちらでも行っていいわけね。
こんど街でそういう看板見かけたら、思いきって入ってみようかしら。

いかん、遅れる

いかん、遅れる!
何度目かの目覚まし時計の音で飛び起きて、下宿先から大学のサークル部室まで徒歩20
分の距離を、大急ぎで走りまくってた時。
四つ角で自転車と、出会い頭にぶつかった。
自転車も転んだが、自分も派手にすっころんで右手を路面に打ちつけた。
だがその時は、いててててて、と声をあげた程度で、さしたる怪我をしたようには思えな
かった。自転車の人もすぐ起き上がったし、何より急いでいたのでいちいちことを荒立て
たくはなかった。お互いに軽く謝っただけで、向こうもこっちもまた走り出した。
大学の映研で、自分は助監督兼カメラ担当。時間に厳しい監督である先輩の手前、絶対に
遅刻はしたくなかったのだ。というより、自分がいないと今日の撮影が始まらない。
そうして集合時刻ぎりぎりに部室について、いざ撮影を始めようという時、治まっていた
筈の右手の痛みが、急に激しく復活した。その場で、思わずうずくまってしまうほど。
事情を聞いた先輩が云った。今すぐ医者に見せてこい、と。
いやいや、ちょっと打っただけで、医者なんて大げさですよ。
そう言って撮影を優先しようとする自分を、先輩は半ば無理矢理、とりあえず近所にあっ
た接骨院へとひっぱっていった。ひっぱっていかないと、自ら行こうとはしないと判断し
たらしい。
たしかに、事態をなめていた。手の甲の骨が、折れていたのだ。
信じられなかった。軽く路面に打ちつけただけで、骨を折るなんて。
要は、自分が思ってるほど「軽く」はなかったんだよ、と、接骨院から病院へと行き直す
道すがら、先輩が云った。
押しつけがましいほど親切すぎるこの先輩にも、似たような経験がかつてあったという。
骨は、自分が思っている以上に折れやすいのだと、先輩は語った。
こうして。しばらくは利き腕をギプスで固定され、不便きわまりない学生生活を送る羽目
になったのだった。講義を聴いてるだけなら何の支障もないのだが、映研でカメラを操れ
ないのは痛かった。
折れた手の甲より、痛かったかもしれない。好きなことができない辛さのほうが。